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陽なた法律事務所の弁護士が綴る、日常や法に関する豆知識ブログです。

高齢の母が家族に知らせず不動産を売却ー認知症を理由に売買契約は無効になる?

2026.10.13

執筆者 陽なた法律事務所 弁護士  松井竜介

 

こんにちは。弁護士の松井です。

 

高齢の親が所有する不動産について、

「知らないうちに売却されていた。」

「契約当時、認知症が進んでいたのではないか。」

という問題が生じることがあります。

一方、買主側からすれば、

「本人と話をして契約した。」

「売買代金も適正だった。」のであれば、

契約が無効になるとは考えにくいかもしれません。

 

では、高齢者が不動産を売却した場合、

どのような事情があると意思能力がなかったとして、

売買契約が無効になるのでしょうか。

 

今回は、実際の裁判例を参考にした架空の相談事例により解説します。

 

【相談内容】

高齢者Aさんが所有していたアパートに住む娘Bさんからのご相談。

Bさんは、将来このアパートを引き継ぐという話を両親としており、

その前提で長年生活していました。

 

ところが、ある日突然、不動産会社から、

「この土地建物を購入しました。」「今後は退去してもらいたい。」

という連絡がありました。

 

確認すると、80歳を超えていたAさんが、

不動産会社との間でアパートを数千万円で売却していました。

契約当時、Aさんには認知症の症状があり、

物忘れだけではなく、周囲の人に話を合わせたり、

その場の相手によって発言が変わったりすることもありました。

 

もっとも、不動産会社は、

「本人と直接話をして契約しています。」

「売買価格も不当に安い金額ではありません。」

と主張しています。

 

このような場合でも、売買契約が無効になることはあるのでしょうか。

 

 

【弁護士からの回答】

結論から申し上げると、

売買価格が適正で、本人が契約書に署名していたとしても、

契約当時にその取引の意味や結果を合理的に判断する能力がなかった、

と認められれば、売買契約が無効と判断されることがあります。

 

今回参考となるのが、東京高等裁判所平成26年10月30日判決です。

この事件では、高齢の女性が所有していた土地建物を不動産業者に対して、

5600万円で売却しました。

 

ところが、女性の長女夫婦が、

売主には契約当時の意思能力がなく、売買契約は無効である

と主張しました。 

 

売買価格が安すぎたわけではなかった

この事件で特徴的なのは、裁判所が、

5600万円という売買価格自体が不当に安かったとは認めていない

ということです。

それでも裁判所は、売買契約を無効と判断しました。

 

売主は契約当時、中程度の認知症に罹患し、

記憶や見当識に障害があるだけでなく、周囲に取り繕ったり、

相手に迎合したりして、その場によって自分の意見を変える傾向が顕著でした。

 

裁判所は、社会生活上の状況に応じて合理的に判断する能力が著しく障害され、

自己の財産を管理・処分するには常に援助が必要な状態だったと認定しています。 

 

「なぜこの売却をしたのか」も重視された

さらに裁判所が重視したのが、売買契約そのものの合理性です。

 

売主の長女夫婦は、もともと売主の勧めでその建物に住んでいました。

 

また、将来的には長女が土地建物やアパート経営を引き継ぐことを前提として、

家族内で話合いも続けられていました。

 

それにもかかわらず、長女に知らせないまま第三者へ土地建物を売却すれば、

長女夫婦は退去を求められ、自宅を失う可能性があります。

裁判所は、このような従来の経緯からすると、正常な判断能力があれば、

あえてこのような取引をするとは考えにくいとして、

売買契約を締結したこと自体も、

売主の判断能力が失われていたことを推認させる事情としました。 

 

公証人が「異常を感じなかった」場合でも無効になる?

この判例でもう一つ興味深いのは、売主について公正証書が作成され、

その際に立ち会った公証人が、

会話を通じて意思能力や判断能力について通常人と異なる状態を感じなかった

と記録していた点です。

 

それでも裁判所は売買契約を無効と判断しました。

裁判所は、売主には認知症の症状として、

周囲に対して「取り繕う」「迎合する」という傾向があったことを重視しています。

 

つまり、短時間会話をした際に受け答えができたことだけで、

重要な不動産を処分する判断能力まで当然に認められるわけではない

ということが分かります。 

 

買主が不動産業者だったことも考慮された

この事件では、買主が宅地建物取引業者でした。

売主は85歳、売買を主導していた夫も88歳であり、

長女には知らせずに土地建物を売りたいという話でした。

 

裁判所は、このような状況について、後に紛争となることが、

予想されるにもかかわらず取引を進めた点について、

不動産取引の専門家として十分な注意を尽くしたのか疑問が残る

と指摘しています。 

そして、売主の判断能力、取引内容の合理性、

売買を主導した夫の判断能力の低下などを総合し、

売買契約当時、売主には意思能力がなかったとして、

売買契約を無効と判断しました。

 

【今回のポイント】

今回の判例で重要なのは、

「高齢だから無効」「認知症だから無効」という単純な判断ではない

という点です。

 

裁判所は、売主の認知症の程度や症状だけではなく、

その人が契約の意味や結果を合理的に判断できたのか、

なぜその不動産を売却する必要があったのか、

従来の家族関係や不動産をめぐる経緯と照らして、

その取引が合理的だったのか

といった事情を検討しています。

 

また、本人が会話をできていたことや、

公証人から見て一見問題がないように見えたことだけでも、

契約の有効性が当然に保証されるわけではありません。

 

高齢者が所有する不動産の売買では、後になって相続人などから、

「契約当時、本人には判断能力がなかった。」と争われることがあります。

 

売主側だけでなく、買主や仲介業者にとっても、契約時の状況や売却理由、

本人の意思を慎重に確認し、その経過を残しておくことが重要です。

 

※なお、上記事例はあくまで架空のものであり、

実在の人物、団体とは一切関係ありません。

 

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【参考記事】

「認知症の父が、自宅を売ってしまっていました…取り戻すことはできますか?」 認知症の高齢者による不動産売買が無効と判断された裁判例を弁護士が解説

高齢者の不動産売却トラブル、著しく低額な売買は無効になる?

 

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