「認知症の父が、自宅を売ってしまっていました…取り戻すことはできますか?」 認知症の高齢者による不動産売買が無効と判断された裁判例を弁護士が解説
2026.08.24
執筆者 陽なた法律事務所 弁護士 松井竜介
こんにちは。弁護士の松井です。
近年、高齢化に伴い、認知症の高齢者をめぐる不動産トラブルが増えています。
ご家族から、「親が知らない間に自宅を売却していた。」
「認知症だったはずなのに、不動産の名義が変わっている。」
というご相談を受けることもあります。

もっとも、認知症と診断されているからといって、
すべての契約が無効になるわけではありません。
今回は、架空の相談事例をもとに、
認知症の高齢者による不動産売買が無効と判断された裁判例をご紹介します。

【相談内容】
建物の所有者Bさんの子Aさんからのご相談。
Aさんの父Bさん(84歳)は、一人暮らしをしていましたが、
数年前から認知症を患っていました。
最近になって介護施設への入所を検討し、
自宅を売却しようと登記を確認したところ、
Bさん名義だったはずの自宅が数年前に第三者Cへ売却され、
その後さらに別の人物Dへ転売されていることが判明しました。
<所有権登記名義>
B ⇒ C ⇒ D

AさんがBさんに尋ねても、
「家を売った覚えはない。」「そんな契約をした記憶もない。」
と話すばかりです。
当時のBさんは、同じ話を何度も繰り返したり、
自分がいる場所や日付が分からなくなったりすることがあり、
病院でもアルツハイマー型認知症と診断されていました。
Aさんは、「父は本当に自宅を売るという判断ができたのでしょうか。
契約を無効にして、自宅を取り戻すことはできないのでしょうか。」
と相談に来られました。

【弁護士からの回答】
結論から申し上げると、
認知症というだけで契約が無効になるわけではありません。
重要なのは、契約当時に売買契約の内容や意味を理解し、
自ら判断する能力(意思能力)があったかどうかです。

実際に、東京地方裁判所平成21年10月29日判決では、
認知症を患っていた高齢者が自宅を売却した事案が問題となりました。
売主である高齢者の後見人が最終的な買主に対して、
所有権移転登記の抹消を求めた事案です。
この事件では、売主はアルツハイマー型認知症を患っており、
医療記録などから、不動産のような高額な財産を処分するために必要な
判断能力を欠いていたことが認定されました。
また、売却後も売主はその自宅に住み続けており、
売却代金の使い道や今後の生活についても、
十分に理解していたとは認められませんでした。
裁判所は、「自宅を売却すれば住む場所を失う」という、
ごく当然に予想できる結果すら理解できる状態ではなかったとして、
売主には不動産を処分するための意思能力がなかったと判断しました。
その結果、この売買契約は無効であるとされています。

さらに、この裁判例で注目すべきなのは、
売却された不動産が、その後さらに第三者へ転売されていたという点です。
一般の方からすると、「もう別の人が買ってしまったのだから、
家は取り戻せないのではないか。」と思われるかもしれません。
しかし、裁判所はそうは考えませんでした。
裁判所は、
認知症により意思能力を欠いた状態で締結された最初の売買契約は無効であり、
最初の買主はそもそも所有権を取得していないと判断しました。
法律上、所有権を有していない人が第三者へ売却しても、
原則として所有権は移転しません。
そのため、転売先も所有権を取得することはできないとして、
転売先名義となっていた所有権移転登記についても抹消を認めました。
つまり、この裁判例は、一度第三者へ転売されたとしても、
それだけで直ちに権利を失うわけではなく、最初の売買契約が有効だったのか、
それとも無効だったのかが極めて重要になることを示しています。
もっとも、転売された不動産が常に取り戻せるというわけではありません。
転売先がどのような立場にあるのか、登記の状況はどうかなど、
個別の事情によって結論が異なる場合もあります。
そのため、今回のAさんのケースでも、お父様の診療記録や介護記録、
契約当時の状況などを詳しく調査し、
契約締結時に意思能力があったのかを慎重に検討する必要があります。

【今回のポイント】
認知症だからといって、直ちに売買契約が無効になるわけではありません。
・重要なのは、契約当時に契約内容を理解し、
判断する能力(意思能力)があったかどうかです。
・裁判所は、医療記録だけでなく、契約当時の言動や生活状況、
売却に至る経緯などを総合的に考慮して判断します。
・一度第三者へ転売されていても、最初の売買契約が無効であれば、
転売先との関係でも権利を主張できる場合があります。

認知症の高齢者を狙った不動産取引は、色々な問題をはらんでいます。
かりに犯罪にならないとしても、ご本人だけでなく、
ご家族にも大きな影響を及ぼします。
もっとも、「認知症だった」という事情だけで契約が無効になるわけではなく、
契約当時の判断能力や契約締結に至る経緯を、
証拠に基づいて丁寧に立証することが重要です。
今回ご紹介した裁判例は、認知症の高齢者による不動産売買について、
裁判所がどのような事情を重視して判断するのかを示した参考となる事例です。
もし、ご家族が知らない間に不動産が売却されていたり、
認知症だった親が締結した契約に疑問を感じたりした場合には、
一人で悩まず、できるだけ早い段階で弁護士へご相談ください。
※なお、上記事例はあくまで架空のものであり、
実在の人物、団体とは一切関係ありません。
【参考記事】











