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陽なた法律事務所の弁護士が綴る、日常や法に関する豆知識ブログです。

契約書に押印する前ならキャンセルできる? 賃貸借契約成立前の交渉トラブルと「契約締結上の過失」とは

2026.07.02

執筆者 陽なた法律事務所 弁護士  松井竜介

 

こんにちは。弁護士の松井です。

 

今回は架空の相談事例をもとに、事務所賃貸借契約の交渉段階で、

一方が契約締結を拒否した場合に、損害賠償責任が発生するのかについて、

2つの裁判例を比較しながら解説します。

不動産取引では「まだ契約書に署名していないから問題ない」

と思われることがあります。

しかし、交渉の進み具合や相手方に与えた期待の大きさによっては、

契約前でも責任が問題となる場合がありますので注意が必要です。

 

【相談内容】

オフィスビルの所有者(貸主)Aさんからのご相談。

Aさんは、所有するオフィスビルについて、

とある企業B社と賃貸借契約の交渉を開始しました。

 

B社は入居を希望しており、

・賃料

・保証金

・契約期間

・使用目的

など、契約条件について具体的な話し合いを進めていました。

 

Aさんは、B社への賃貸を前提として、対象フロアの募集を停止しました。

その後、双方の間で契約締結に向けた調整が続き、

Aさんは「契約はほぼ決まった」と考えていました。

しかし、契約書への押印直前になり、

B社から「社内事情が変わったため契約しません」と連絡がありました。

 

Aさんとしては、

「他の入居希望者を断って準備していた」「契約成立を前提に行動していた」

として、B社へ損害賠償請求をしたいと考えています。

 

このような場合、請求は認められるのでしょうか。

 

 

 

【弁護士からの回答】

契約書への署名・押印がない場合であっても、

必ず責任が発生しないわけではありません。

一方で、交渉が進んでいたとしても、

必ず損害賠償責任が認められるわけでもありません。

 

重要なのは、

① すでに契約が成立していたといえるか

② 契約成立への期待を相手方に与える段階まで進んでいたか

という点です。

 

契約成立前でも責任が認められたケース

東京高等裁判所平成20年1月31日判決では、事務所賃貸借契約の交渉が進み、

契約締結直前の段階で借主が契約を拒否した事案が問題となりました。

 

この事案では、

・賃料など主要条件について合意が進んでいた

・数か月という長期間にわたり交渉が継続していた

・貸主が契約を前提に対象部分の募集を停止していた

・借主もその事情を知っていた

という事情がありました。

 

まず、裁判所は契約成立までは認めていません。

しかし、

貸主が『賃貸借契約が成立することについて強い期待を抱いたことには相当の理由』

があり、借主には『この期待を故なく侵害することがないように行動する義務』

があったとして、いわゆる「契約締結上の過失」を認めました。

 

つまり、契約書がなく、契約が成立していないとしても、

相手方に強い期待を持たせた場合には責任が発生する可能性があります。

 

責任が否定されたケース

これに対し、東京地方裁判所平成22年2月26日判決では、

契約直前まで進んでいたものの、借主の責任が否定されました。

 

この事案では、借主が保証金407万円を支払っていましたが、

契約書への署名・押印前に契約締結を拒否しました。

 

貸主は、「保証金も支払われており契約は成立していた」

として損害賠償を求めました。

 

しかし、裁判所は、

・契約書が事前に示されず、署名押印もされていない

・保証金は初期契約金の一部にすぎない

などと判断し、契約成立について強固な合意があったとは認められないとして、

賃貸借契約の成立は否定しました。

 

また、『信頼関係が築かれ、契約締結交渉の成熟度が高くなっており、

信義則上の注意義務が発生したと認めるまでには至っていなかった』

として、契約締結上の過失も否定しました。

 

2つの裁判例から分かること

同じ「契約書締結前のキャンセル」の事案でも、結論が分かれています。

ポイントとして、

 

<責任が認められやすいケース>

・契約条件がほぼ固まっている

・交渉期間が長い

・契約成立を前提とした行動を双方がしている

・相手方が契約成立を期待するのも当然といえる状況

などの場合です。

 

責任が否定されやすいケース>

・契約条件がまだ調整段階

・正式契約書が作成されていない

・検討する期間が短い

・双方がまだ他の選択肢を残している

などの場合です。

 

【今回のポイント】

「押印前だから自由にキャンセルできる」とは限りません。

反対に、「話が進んでいたから必ず契約成立」というわけでもありません。

 

賃貸借契約では、交渉の経緯や当事者の行動が重要になります。

貸主・借主双方ともにいえることですが、契約前の段階で、

相手方に過度な期待を抱かせる行動(おもわせぶりな態度)には注意が必要です。

 

不動産賃貸借では、契約成立のタイミングをめぐって、

トラブルになることがあります。

 

重要なのは「契約書があるか」だけではなく、

「当事者間でどこまで合意が進み、どのような行動をしていたか」です。

 

契約締結前の交渉段階でも、

状況によっては法的責任が発生する可能性がありますので、

常日頃から誠実な対応を心掛けましょう。

 

※なお、上記事例はあくまで架空のものであり、

実在の人物、団体とは一切関係ありません。

 

当事務所への無料相談受付はこちらまで

 

【参考記事】

契約する前にきちんと契約書を確認していますか?

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