「クロスは6年で価値がゼロだから支払わない」は本当? 原状回復費用をめぐる誤解と裁判例から見るガイドラインの正しい理解
2026.07.06
執筆者 陽なた法律事務所 弁護士 松井竜介
こんにちは。弁護士の松井です。
近年、賃貸住宅の退去時に、借主から
「クロスの耐用年数は6年だから、張替費用を支払う必要はない。」
という主張を耳にすることが増えました。
ネット、SNS、AIの普及で、
「国土交通省のガイドラインではクロスは6年で価値がなくなる」
と紹介されていることも多く、この情報だけを根拠に、
原状回復費用の支払いを拒否するケースも少なくありません。
しかし、このような理解は必ずしも正確ではありません。

今回は、実際の裁判例を参考にした相談事例により、
「クロスの耐用年数6年」の意味について解説します。

【相談内容】
賃貸マンションを所有するオーナーAさんからのご相談。
約8年間入居していたBさんが退去したため室内を確認したところ、
・壁クロスには多数の破れや傷がある
・台所の壁には著しい汚れがある
・床には雑誌を長期間貼り付けていた跡が残っている
・浴室ドアや設備にも破損が見られる
など、通常の生活による損耗とは思えない状態でした。

そこでAさんは、クロス張替費用を含む原状回復費用数十万円を請求しました。
しかしBさんは、
「クロスの耐用年数は6年です。」
「国土交通省のガイドラインでも6年で価値はゼロになるので、
クロス代を支払う必要はありません。」
と主張し、支払いを拒否しています。
Aさんは、本当に請求できないのでしょうか。

【弁護士からの回答】
結論から申し上げると、
「クロスは6年経過したから借主は支払わなくてよい」という考え方は、
国土交通省のガイドラインの趣旨とも、裁判所の判断とも異なります。

今回参考となる東京地方裁判所平成28年12月20日判決でも、
借主は、
国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」によれば、
壁クロスの耐用年数は6年であり、
本件物件明渡しの時点での価値は0円または1円である。
と主張しました。
しかし、裁判所はこの主張を採用しませんでした。
裁判所は、「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」を踏まえた上で、
「仮に耐用年数を経過していても賃借人が善管注意義務を尽くしていれば、
張替えは必須ではなかった。」
と判断しました。
つまり、問題となるのは、
「クロスが何年経過したか」ではなく、
借主が通常の使用方法を超えて損傷させたかどうかなのです。

ガイドラインは何を示しているのか
国土交通省のガイドラインでは、
確かにクロスについて「6年」という考え方が示されています。
しかし、それは、
経過年数による価値の減少を考慮して損害額を算定するための一つの基準
を示したものです。
一方で、ガイドラインには次のような記載もあります。
「経過年数を超えた設備等を含む賃借物件であっても、賃借人は善良な管理者として注意を払って使用する義務を負っていることは言うまでもなく、そのため、経過を超えた設備等であっても、修繕等の工事に伴う負担が必要となることがあり得る」
裁判所も、このガイドラインの記載を引用した上で、借主の主張を退けています。
つまり、ガイドライン全体を見れば、
「6年経過したから借主は一切支払わなくてよい」
とは、どこにも書かれていないのです。
今回の裁判例で認められたこと
東京地方裁判所平成28年12月20日判決では、
・クロスの破れや傷
・著しい汚損
・床や設備の損傷
などについて、借主の善管注意義務違反が認められました。
その結果、クロス張替費用の半額を含む原状回復費用について、
借主の「耐用年数6年だから支払義務はない」という主張は、
採用されずに、借主の負担となりました。

【今回のポイント】
「クロスは6年だから支払わなくてよい」という理解は正確ではありません。
ガイドラインの「6年」は、損害額算定の一つの目安を示したものです。
借主に善管注意義務違反がある場合には、
耐用年数を経過していても原状回復費用の負担が認められることがあります。
近年は、インターネットやSNSの影響もあり、
「クロスは6年だから請求できない。」
という情報だけが独り歩きしている印象があります。
しかし、国土交通省のガイドラインを正しく読むと、
そのような趣旨ではありません。
裁判所もガイドライン全体の趣旨を踏まえ、
「耐用年数だけではなく、借主が善良な管理者として適切に使用していたかどうか」
という点を重視して判断しています。
退去時の原状回復費用は、
「クロスは6年だから」という一言で結論が決まるものではなく、
契約内容や損傷の状況、借主の使用状況などを総合的に検討する必要があります。
ネット上の情報やAIによる回答だけで判断するのではなく、
個別の事情に応じた適切な判断をすることが大切です。

※なお、上記事例はあくまで架空のものであり、
実在の人物、団体とは一切関係ありません。
【参考記事】











