もし不意に立ち退きを要求されたらどうしますか?
2025.09.03
執筆者 陽なた法律事務所 弁護士 松井竜介
こんにちは。弁護士の松井です。
今回は架空の相談事例をもとに、解決方法や裁判例を紹介したいと思います。
【相談内容】
建物の賃借人Gさんからのご相談。
「私は5年前からとあるアパートに住んでいます。契約は2年ごとに更新していて、これまで特に問題はなく、家賃の滞納も一度もありません。
ところが先日、大家さんから電話があり、『次の更新はしないので、契約満了で退去してほしい』と言われました。理由を聞いたところ『建物が古いから取り壊す予定』とのことでした。
しかし、その後他の住人に確認すると、取り壊しの予定はなく、むしろ新しい入居者を募集しているという話でした。私はこの地域での仕事もしていますし、生活基盤があるので、簡単には引っ越せません。
大家さんの一方的な都合で更新を拒否されることに納得できません。法律的に、私はこの部屋に住み続ける権利はあるのでしょうか?また、万が一出て行くことになる場合、立退料など請求できますか?」
【論点の整理】
1 普通借家か定期借家か
・Gさんの相談内容に「更新」という言葉があるので、普通借家契約だと思われ、この場合にはこの後の正当事由の話になる。
しかし、もし「更新」が再契約の意味であれば、定期借家契約という可能性も考えられ、定期借家契約であれば、そもそも更新はなく、Gさんは期間満了で立ち退かないといけない。
2 正当事由の有無(借地借家法第28条)
・大家さんがGさんとの賃貸借契約を更新したくないという単なる「気分」や「新しい入居者を入れたい」という理由は、特に正当事由にならない。
あくまで大家さんが建物の使用を必要とする事情(自己使用の必要性)が必要。大家さん側の必要性がなければ、立退料の話をする以前にそもそも正当事由は認められない(東京地裁令和元年12月12日判決)。
・建物の老朽化や建替え計画(建物の利用状況及び建物の現況)は正当事由になる可能性はあるものの、それが本当にあるのか確認は必要。
3 更新拒絶の手続き
・借地借家法上は、更新拒絶は「契約満了の1年前から6か月前までの間」に通知する必要がある。
・電話(口頭)の通知だけで足りるのか。借地借家法上は「通知」のみ要求され、書面性は要求されていない。ただし、後日の言った言わないという紛争を避けるためにも実務的には内容証明郵便など書面による場合が多い。
4 立退料の交渉余地
・仮に大家側の事情が認められるとしても、それだけで立ち退きが認められるわけではなく、立退料(財産上の給付)の支払いを加味して正当事由が認められる場合がほとんど。
・立退料の相場は、地域・事情により異なるものの、裁判例では、数十万円~家賃の6か月分程度になっているものもあり、必ずしも数百万円という高額になるわけではない。
・老朽化を理由とした立退請求に関する比較的新しい裁判例としては、
①築45年、家賃4万8000円、立退料100万円
(東京地裁平成25年12月11日判決)
②築50年、家賃4万3000円、立退料27万円
(東京地裁令和2年2月18日判決)
③築95年、家賃2万4960円、立退料215万円
(東京地裁令和3年12月14日判決)
などがあり、かなり幅がある。
【弁護士からの回答】
上記の論点を踏まえて、Gさんへの回答としては、
『まず、今回が普通借家契約という前提ですが、
借地借家法上、正当事由がなければ更新拒絶は無効です。
そして、実際にGさんが建物を使っていて不便がなく、
そのまま新しい入居者を募集しているということであれば、
老朽化が現実化しておらず、大家さんの正当事由はないため、
住み続けられる可能性が高いということになります。』
『また、かりに新しい入居者を募集しているという話が、実際には存在せず、
老朽化が現実化しているなど、正当事由が認められる余地がある場合や、
法的には立ち退く必要はないとしても、任意に退去する場合には、
立退料を請求していくという流れになることは考えられます。』
『立退料の計算は、家賃〇か月分などとすぐに数字を出せるわけではないですが、
実際に立ち退く場合の実費(引っ越し費用や新居の初期費用)や、
同程度の建物賃料との差額賃料を出して、計算していくことになります。』
という内容になります。
【今回のポイント】
今回は事案を簡素化してみましたが、
実際には、契約内容や借主側の自己使用の必要性も重要ですので、契約書の中身やGさん側の事情(相談内容で記載されている、地域での仕事、生活基盤があること、簡単には引っ越せないという事情をより詳細に確認していくことになります。
※なお、上記事例はあくまで架空のものであり、
実在の人物、団体とは一切関係ありません。
【参考記事】