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陽なた法律事務所の弁護士が綴る、日常や法に関する豆知識ブログです。

「お父さんが約束していました」相続した土地に30年前の約束が…相続人は守らなければならない?

2026.08.17

執筆者 陽なた法律事務所 弁護士  松井竜介

 

こんにちは。弁護士の松井です。

 

今回は架空の相談事例をもとに、土地を相続した後、近隣住民から、

「亡くなった親が土地について約束していた」と言われた場合、

その約束を相続人も守らなければならないのかについて、

実際の裁判例を紹介しながら解説したいと思います。

 

【相談内容】

父親から土地を相続したAさんからのご相談。

 

父が亡くなり、父名義だった土地を相続しました。

私自身はその土地を利用する予定がなかったため、

売却しようと考えていたところ、隣の土地の所有者Bさんから、

「この土地については、昔、あなたのお父さんとの間で、

将来道路を広げるために土地をセットバックする約束をしています」

と言われました。

 

Bさんによれば、30年以上前に父と近隣住民との間で話合いがあり、

覚書のような書類も作られているそうです。

 

ただ、書類を確認してみると、

「将来、道路幅を確保するよう努力する」とか、

「セットバックについては当事者の意向を第一とする」

といった曖昧な書き方になっています。

 

Bさんからは、

「お父さんとの約束なのだから、相続したあなたも当然守らなければならない」

と言われています。

 

私は父からそのような話を聞いたこともありません。

相続すると、亡くなった親が昔した約束まで、

すべて引き継がなければならないのでしょうか。

 

【弁護士からの回答】

相続するのは、土地や預貯金だけではありません

まず、相続について重要なのは、相続人が引き継ぐのは、

被相続人の土地や預貯金などの「プラスの財産」だけではないということです。

 

民法896条は、相続人は、相続開始の時から、

被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継すると定めています。

一身専属的なものを除き、財産上の義務も原則として相続の対象になります。

したがって、亡くなった父親が、第三者との間で、

法的拘束力のある契約上の義務を負っていたのであれば、

その義務を相続人が承継することはあり得ます。

 

「私はそんな約束を知らなかった」

というだけで、当然に義務がなくなるわけではありません。

 

しかし、ここでさらに重要な問題があります。

 

それは、そもそも亡くなった人が、本当に法的な義務を負っていたのか

という点です。

 

この問題について参考になるのが、

東京地方裁判所平成29年12月21日判決です。

「親が約束したセットバック」をめぐって相続人が訴えられた事例

この裁判の事案では、土地所有者の先代と近隣の土地所有者らとの間で、

昭和58年から昭和59年にかけて、

道路幅を確保することなどについて話合いが行われていました。

 

その際、覚書には、「4m確保のためのいわゆるセットバックの実施に関しては、

当該当事者の意向を第一とする」などと記載されていました。

 

さらに、作成されていた協定書には、

「将来、道路幅員4m以上確保するよう努力する」

という趣旨の記載もありました。

 

また、先代は近隣土地所有者らから金銭の支払いも行われていました。

 

その後、先代者が死亡し、その土地を相続した者が、

平成25年になり、第三者へ土地を売却しました。

 

すると、近隣土地所有者らは、

「先代所有者は将来セットバックする約束をしていた。

その義務を相続した者が、

セットバックをしないまま土地を第三者に売却したため、

自分たちの土地が接道要件を満たせなくなり、価値が下落した」

として、相続人に対して損害賠償を求めました。

 

まさに、

「亡くなった親の土地に関する昔の約束を、相続人が守らなければならないのか」

が問題になった事案といえます。

 

裁判所は「法的にセットバックする約束があった」とは認めなかった

結論として、裁判所は、近隣土地所有者らの請求を棄却しました。

 

ポイントとなったのは、「セットバックについて話合いがあったか」ではなく、

「先代所有者が将来必ずセットバックするという法的義務まで負ったのか」

という点です。

 

確かに、覚書や協定書には、

将来的に道路幅を4m以上確保しようという趣旨の記載がありました。

しかし、実際の文言は、「当該当事者の意向を第一とする」

「将来、道路幅員4m以上確保するよう努力します」というものでした。

 

裁判所は、このような文言から、先代に対して、

将来必ずセットバックを実施する法的義務を負わせた

と解釈するのは無理があると判断しています。

 

ここは非常に重要です。

「協力する」「努力する」「将来検討する」という話があったことと、

「必ず実行しなければならない法的義務を負った」

ということは同じではありません。

 

お金を受け取っていても、義務があるとは判断されなかった

さらに、この事案では、

近隣土地所有者らから先代所有者に金銭が支払われていました。

そのため、

「お金まで受け取っているのだから、当然セットバックする約束だったはずだ」

とも考えられそうです。

 

しかし、裁判所は、金銭が支払われているという事情だけから、

将来必ずセットバックする法的義務が成立していたとは認めませんでした。

 

裁判所は、その金額と、

先代所有者がセットバックによって失う可能性のある土地の価値なども比較し、

その程度の金額で、先代所有者に将来必ずセットバックする義務を負わせ、

さらに不履行の場合には近隣土地の価値下落まで賠償させるというのは、

対価的な均衡を欠くおそれがあると判断しています。

つまり、

書面がある。お金も支払われている。だから法的な約束が成立している。

と単純に判断できるわけではありません。

 

書面の文言、作成までの経緯、金銭の趣旨や金額、

当事者がどこまでの義務を負う意思を持っていたのかなどを

総合的に検討する必要があります。

 

相続の問題として重要なのは「何を相続したのか」

この判例を相続の観点から見ると、非常に重要なポイントがあります。

 

民法上、被相続人が負っていた財産上の義務は原則として相続人に承継されます。

 

しかし、

相続人が承継するのは、あくまで被相続人が実際に負っていた権利義務です。

 

今回の裁判では、そもそも先代所有者が、

「将来必ず自分の土地をセットバックする」

「近隣土地を接道規制に適合させ、その資産価値まで維持する」

という法的義務を負っていたとは認められませんでした。

 

そのため、結果として、相続人にそのような義務が引き継がれたことを

前提とする損害賠償請求も認められなかったのです。

 

言い換えれば、「相続人だから義務を負わない」のではありません。

「被相続人自身にそのような法的義務が成立していなかった以上、

相続人が承継する義務もなかった」という点が、

この判例を相続問題として読むうえで重要です。

 

相続した不動産には「登記簿に載っていない問題」があることも

土地を相続すると、多くの場合、

「土地はどこにあるのか」「いくらで売れるのか」「固定資産税はいくらなのか」

といったことに目が向きます。

しかし、不動産には、

登記簿を見るだけでは分からない問題が残されていることがあります。

 

たとえば、

  • 隣地所有者との古い覚書
  • 境界についての合意
  • 私道の利用に関する取り決め
  • 通行に関する約束
  • 土地の一部を将来提供するという話
  • 親族や近隣住民との長年の口頭の約束

などです。

 

今回の裁判例のように、

相続してから何十年も前の書類や約束が問題になることもあります。

 

特に、相続した不動産を売却しようとした段階で、

「実は先代との間でこういう約束があります」

と近隣住民から言われるケースには注意が必要です。

 

古い覚書が出てきたら、「ある・ない」ではなく内容を確認する

そのような場合、「覚書があるなら従わなければならない」

あるいは逆に、「自分は署名していないから関係ない」

と即断するのはいずれも危険です。

確認すべきなのは、

①誰と誰が合意したのか

②何をすることを約束したのか

③「努力する」のか「必ず実施する」のか

④期限や条件は定められているのか

⑤金銭の授受がある場合、その金銭は何の対価だったのか

⑥その義務が相続される性質のものなのか

⑦現在の土地利用や売却にどのような影響があるのか

といった点です。

 

今回の東京地裁判決でも、単に書類の存在だけではなく、

その具体的な文言や、書類作成に至るまでの当事者の態度、

金銭の額などを詳細に検討したうえで、

法的拘束力のあるセットバック合意を否定しています。

 

【今回のポイント】

今回のポイントは次のとおりです。

  • 相続人は、土地や預貯金だけでなく、被相続人が負っていた財産上の義務も原則として承継する。
  • したがって、亡くなった親が土地について第三者との間で法的拘束力のある約束をしていれば、相続人にも影響する可能性がある。
  • もっとも、「話合いがあった」「覚書がある」というだけで、直ちに法的義務が成立しているとは限らない。
  • 相続問題では、「相続人がその約束を知っていたか」だけではなく、「そもそも被相続人がどのような法的義務を負っていたのか」を確認することが重要
  • 相続した土地を売却する場合には、登記だけでなく、古い覚書や隣地との取り決めなどが残っていないか確認しておくことも重要。
  • もし紛争リスクのある不動産を所有しているのであれば、子など相続人のためにも後日でも事情がわかるようにしておく。

 

相続した不動産について、突然、「あなたのお父さんとこういう約束をしています」

「昔、お金も支払っています」「この土地は自由に売却できません」

などと言われたとしても、それだけで相手の主張が法的に正しいとは限りません。

 

一方で、被相続人が実際に法的義務を負っていたのであれば、

相続人にもその影響が及ぶ可能性があります。

 

そのため、古い覚書や合意書、手紙、金銭授受の記録などを確認したうえで、

その約束にどの程度の法的拘束力があるのかを検討する必要があります。

 

特に、不動産を売却してから問題が発覚すると、隣地所有者だけでなく、

買主との間でも新たなトラブルになる可能性がありますので、

相続した不動産について古い権利関係や近隣との約束が判明した場合には、

売却前により詳細なご相談をおすすめいたします。

 

※なお、上記事例はあくまで架空のものであり、

実在の人物、団体とは一切関係ありません。

 

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【参考記事】

遺言書の作成方法 自筆証書遺言の書き方

 

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